はだれ雪 上 (角川文庫)

以前単行本を読みレビューを書きましたが、この本は本当に素晴らしい本です。葉室麟の本はほぼ全て読みましたが、私の中では断然トップです。（彼の本は基本的に実在の人物よりも架空の人物を主人公にしたものの方が数段面白いですよね。）侍の中の侍、凛とした旗本である永井勘解由が失態を犯し流刑にされ、お預けとなった藩は、彼の接待役として紗英を送ります。接待役とは所詮側女、妾というのが実であり、藩は女性をおくる事により、勘解由をうまく操り、縛りつけようと思っていました。しかしながら、当初は藩の思惑とは異なり、二人は情（男女の関係）を交わす事はしませんが、次第に深く心を交わして行く事になります。自らも不幸な過去を背負う勘解由は、浅野内匠頭に憐憫の心を持ち、赤穂浪士の為であれば自らの命を散らす事も厭わないと考えていました。紗英も勘解由を深く愛し、藩の思惑よりも勘解由の心に添う様に仕えていきます。赤穂浪士の討ち入り後、武士らしく散ろうと死の覚悟を決めていた勘解由が、愛を得た為に考えを変えます。大石内蔵助からも生き様を学び、自らの死へ向かう心は生悟りであったと感じ、生きる為に戦い始めます。死を潔く受け入れるだけが武士として唯一の有様ではなく、愛する者のために凡夫として生きる事も決して恥ではなく立派な武士としての生き様であるとー。また、赤穂浪士たちが人間味溢れて書かれており、もう一つの忠臣蔵を楽しむ事が出来ました。堀部安兵衛の、”それがしは日頃より悪しき事を思わぬ様に心しております。さすれば、いかなるときも天地に恥じず、怯える事もござらん。”正にその通りですね。これ以外にも本書には胸に響く言葉が沢山書かれています。いつもの著者の作品のように文章が美しく、目に情景が浮かびます。多作な著者ですが、今までの作品の中で一番気に入りました。私は既に２度読み返しました。ぜひお読みいただきたい作品です。また、著者の最後に出版された本である、影ぞ恋しき、これも忠臣蔵が絡んでおり、非常に良い出来ですので、こちらもオススメです。